Club

龍サポーターズクラブ

ビジョンに共感し応援いただく組織

「和太鼓教室 龍」と「龍サポーターズクラブ」は名前が似ていますが、実際には異なる組織です。龍サポーターズクラブは、指導者である河野陽子のビジョンをサポートし、応援してくれる人々の集まりです。サポーターとは、時間、体力、財力など、どのような形であれ支援を提供してくださる方々のことを指しており、単に賛助会員として参加する方も大歓迎しております。

龍サポーターズクラブって?

龍サポーターズクラブをご紹介いたします

そもそも龍サポーターズクラブは教室なの?教室の何かなの?と、教室の通っておられる生徒さんの多くにも知られていない存在かもしれません。そこでどういうものなのか?を順にご説明やご紹介をしていきたいと思います。読み進める中で、興味を持っていただけたり賛同してくださる方が一人でも増えると嬉しく有難く思います。
  • 和太鼓龍河野陽子の想いを形にしていくところ

    「和太鼓教室龍」と「龍サポーターズクラブ」は別ものです。携わっている者がどちらも同じなので、サポーターズメンバーでさえ感覚としてはどちらも同じと思っておられたかもしれません。和太鼓教室を立ち上げた当初、年齢的にも若かったですし、まだまだ人数も少なかったのでやりたいように自由になんでも行動していました。次第に有難いことに人数も少しずつ増えていきました。そこで次々に壁にぶち当たるのです。人が増えれば、人の数だけ考えなければいけないことやルールが必要になっていきました。自分で思っていることが当然と思うようなことでも別の考え方や受け取り方があり、思ったようにはできないことを痛感しました。事柄を変え一つひとつ直面する出来事に鍛えられ、より良い教室へとつながっていきます。困ることより、どうしたら良くなっていくのか、みんなが快適に楽しめるにはどうしたらいいのかを毎日毎日考えていました。それと同時に自分の行動の一つひとつも慎重になっていったり、制限も出るようになってきたとき、誰に止められた訳でもないのにやりたいことがやれなくなったりしていくのです。模索の連続が龍サポーターズクラブにつながっております。
  • 和太鼓につながることなら何でもやる!

    和太鼓が大好き、舞台を作ることが好き、それに関わることならどんなことでもやる!というのが基本的な考えでおります。「これをやりたい!」と思ったことを必ず形にするまでやり続けます。太鼓以外のことにあまり興味がなかったり苦手だったりするのですが、それがいざ太鼓につながるのか!と頭に描けた瞬間から、それはもう楽しいことに変わります。


    ・一つの例をあげると

    裁縫とか全くの苦手、雑巾一つ縫えなかった自分。でもあるとき「大人と同じ和装衣装を子供たちに着させてあげたい!」「小さな子が一丁前にビシッと決まったらどれだけ可愛いか!」と思ったことがきっかけで、ゼロから和装衣装作りに取り組みました。子供たちの衣装はすべて思いが形になったものです。「衣装を作ろうと思う!どうかな?」と遊び心いっぱいで、思いを声をすると手を貸してくれるサポーターズがいる!どれだけ楽しくて、どれだけ心強いことか。日頃の他愛もない会話をしながら笑い、教室とはまた別の空間・時間が持てるのも、サポーターズの楽しみになっています。

  • 伝えることが大切だと気付いたから

    和太鼓の指導・和太鼓の制作などに力を注いでまいりました。30代後半までは、若い世代に和太鼓を!という気持ちから実際に、保育園・小学校・中学校・高校での授業や部活などにも携わり指導のやり方なども経験を積みました。和太鼓の制作に至っては「一貫して作れるようになること」、「知ること」にはかなり長い時間を費やしてきました。苦労して長い期間を費やしたというより、結果として長く時間がかかったという感じです。この和太鼓制作では多くを教えられました。「命」についてです。和太鼓をするなら和太鼓のことをゼロから知りたい、そう思った10代後半から、命というものに触れるまで10年以上かかっています。太鼓は、牛や木や太陽といったものが欠かせません。どのように太鼓が作られるのかを知る前と、知った後とでは世界が変わりました。指導の仕方や思いも大きく変わったのです。こんな大切なことを自分止まりで終わっていました。しかし、自分の小さな考えを捨て、心から和太鼓のことを思ったとき、教室に来てくれている生徒さん、特に子供たちにはこの「命の大切さ」を伝えていかなければと少しずつ思うようになりました。発表会のパンフレットには毎年、必ず「太鼓のおはなし」というページが設けられ、伝える機会となっています。同じように今度は、ようやく龍サポーターズクラブのことを伝えていく気持ちになりました。それには理由があります。
  • 伝えようと思った理由:過去の出来事

    和太鼓教室龍が出来たのは2005年、龍サポーターズクラブが出来たのは2016年です。その間11年、たくさんの出来事がありました。和太鼓に直接的には関係ない出来事になりますが、大きな出来事に2011年の東日本大震災がありました。それより以前の阪神淡路大震災の時も、また大阪で震災を経験していました。阪神淡路大震災の時、すでに太鼓をやっていました。当時、思ったことがありました。

    「こんな時に太鼓をしていてもいいんだろうか?」

    自分の中で葛藤があり、こんな大変な時に、と何度も思いました。そんな時に言われた言葉がありました。

    「こんな時だからこそ和太鼓が必要なんだ」

    と。気持ちがものすごく軽くなったと同時に、本当にその通りになっていきました。人は困難な時、支えが必要になります。日本の文化全般、もちろんそれ以外でも夢中になれることや励まされることが大切になりました。


    それから時間が経過し、今の荻窪スタジオでの出来事です。レッスンをしようと思っていた矢先に大きな揺れを感じました。それが東日本大震災です。みんなは急いで家に帰り、そこからは皆さんもご経験した記憶の通り、生活が落ち着くまでは大変だったと思います。

  • この時、過去の経験と全く同じことが浮かびました。「わかってはいるけど、ホントにこんな時に太鼓を打っていていいのか?」と。何かハプニングがあったとき、その一瞬は誰しもまずは生活を守ること、家族を守ることが何よりも大切です。当然のことです。その間は、芸事や趣味などをやる時間もなければ余裕もありません。当時、電力の節約など目に見えての取り組みが多く大々的に何かをすることはできませんでした。連日のテレビの報道に不安になる人や内にこもる人が周りにもいることを知り、何か活動しよう!と思いました。応援の気持ちを込めて演奏しよう!と。声をかけると生徒さん40~50名ほどがすぐ集まりました。荻窪の駅前でみんなで演奏しました。10代後半の何もできなかった時とは違う自分がいました。そこからは、声がかかるようになり出来ることが増えていきました。そして気づいたのです。和の文化、和太鼓は絶対に必要でなくしてはいけない。時間はかかるけど、伝えていくこと、活動していくこと、広げることをやめてはいけないと思ったのです。答えが見つからないときは、今あることをただやり続けようと進めてきました。さらにこれまでにない経験を前に今・・・(コロナ感染につづく)
  • 世の中が変わるコロナ感染

    過去の経験から、大変なことや大変な時は何度もやってくるけど、その度に「そんな時こそ和太鼓!」と思ってきました。それが今、突然それさえも叶わない状況になりました。みんながその渦中にいて、仕事を休んでも休めず、仕事をしても仕事にならず、それでもなんとか冷や冷やしながらも1つずつこなしている人、新しいやり方を見つけている人、前向きでいようと頑張っている人、様々ではないでしょうか?


    学校にもまだ行けず(コロナ初期の段階)、今年受験なのにどうしようと不安な子、1年生だけどまだランドセルが背負えないままの子、進学したけどまだ友達作りも出来ない状況。何かできないかな?と思っても、集まることはいけないし、これまでのように続けることすら叶わなくなって、大きく世の中が変わろうとしていることを実感します。何でも同じことが言えると思うのですが、元に戻ることはないのだと思います。時間はいつも流れていて、このコロナが終息したとしても戻るのではなく、新しいこれからに繋がっていくのだと思います。

  • 2016年に龍サポーターズクラブを立ち上げた時「一人からでも始めます!」と宣言し、本当に一人からでもという気持ちでした。一人ではなく数名から始まったサポーターズメンバーのお陰でこうしてサポーターズクラブをゆっくり育てることが出来ました。しかし、これまで、アピールといったことは行ってきませんでした。世界のコロナ感染によるこの状況に直面し感じたことは、きっと和太鼓そのものは決してなくなりはしないという事です。長い歴史の中で困難な時は想像を絶するほどあったはずです。でも形を変え和太鼓というものは存在します。そういう意味での和太鼓はなくならないと言えますが、伝えていくことは別物です。声を発し、行動することが大切だと改めて必要性を感じました。出来るなら伝えていくこと、和太鼓に関する活動が他でない自分でありたいと思うのです。一人でも多くの賛同してくださる方々を望みます。
  • 和太鼓龍河野陽子が出来るまで①

    過去の出来事というよりは現在進行形でもあることに、自身の身体に関してのことがあります。6歳の時に腎臓病を患い、急性腎炎から慢性腎炎、そして腎炎とネフローゼという正反対の治療である両方を併せ持ち、長く闘病生活をしたこともあり普通の幼少期を過ごすことはありませんでした。家族と離れ6歳から入院生活を送ったことを、今となっては「おかげ」と言えます。なぜなら、6歳から離れて過ごしたその時期に、寂しさや悲しさ、つらさや痛み、人への優しさを味わい覚えたのは全部ここだったからです。


    退院後も通院が続き、行動の制限は体育の授業も受けられないものでした。あれもいけない、これもいけない、いけないことがたくさんでしたが、それを全部守っていたら何もできない。守らなかったらどうなるかも承知の上で、ダメだと言われること全部やりました。死ぬよと言われることでも新しい世界を見たい気持ち、飛び込みたい気持ちが勝り、そのおかげで誰から見ても元気な自分に変わっていくのです。

  • 和太鼓龍河野陽子が出来るまで②

    若い時は、若さという武器がある。若いというだけで得ている力があるのです。誰よりも強くなりたいと願った!人一倍弱かった自分は、人が普通に出来ることでも人の何倍もの努力が必要だった。欲しくて仕方なかったのは「体力」。そもそもそんな自分が太鼓をやっていること自体、信じられないことだけれど、そこは少し置いておきます。トレーニングもやりましたし、やった分だけ筋肉は応えてくれることも知り嬉しかったです。毎日10km~1kmのジョギングも長く続けました。
  • しかしある朝、違和感を感じたのです。それが33歳の時です。その日から違和感が消えることはなく、日に日に増していきました。でも太鼓への情熱や夢が溢れるようにあったことから、日々をこなすことが出来ていたのです。それでも異常は増す一方で、そこからは全国ドクターショッピングの始まりです。


    35歳の時、癌が見つかり1か月に8キロほど痩せました。その瞬間から病院に行くことをやめ、母の食事療法で半年後には完全にその影は消えたのです。一旦衰えた筋肉を戻すのに約2年を要しました。その後も、副腎機能の低下、線維筋痛症、肺気胸、子宮筋腫、これでもか!と思うほどに次々身に降りかかります。でも太鼓を休むことはありませんでした。

  • それが38歳の時、突然、起き上がることも指一本さえも動かなくなりました。さすがにもう隠すことはできず、教室はなくなってしまうことを覚悟で、一斉に生徒さんの皆さんにお手紙を出しました。人生の中で一番苦しかった決断でした。教室を休んでいたのは9か月間。どんなに苦しくても太鼓をやめようとも思わなかったし、いつか楽になる日が来ると思っていましたが、それと同時に「死ぬかもしれない」と感じたのもこの時でした。それなのになぜでしょう、それでも太鼓をやめるという感覚すらなかったのです。痛みに耐えながら何をしたか!教室のリニューアル工事。筋肉や体力が見る見るうちにまた衰えていくのはすごく怖かったけど、太鼓が出来なくなることはもっと怖かったので、全部を新しくしよう!ゼロから始める決意の形でした。いよいよ龍サポーターズクラブにつながります。
  • 和太鼓龍河野陽子が出来るまで③

    9か月の教室お休みが明けたのが2016年9月。再開しても、もう誰もいないだろうと覚悟していました。それが多くの生徒さんにまた会えたのです。どれほど有難かったか、嬉しかったか、自分の境遇に感謝しました。自分はゼロから!の気持ちでいたので、新しいやり方でレッスンをスタートさせる準備をしていましたし、新しく取り入れたものもありました。それが「龍サポーターズクラブ」です。

  • 教室という形は、あくまで教室です。太鼓の夢を膨らましたり、思いを形にしたり、縁を頂いた人たちと教室の枠を超えて関わることが出来たらというのが理想でした。何か困ったときに声をかけあえることが出来たり、教室以上の関係を築いていける場でありたい。誰でもいいわけではない、気持ちを寄せてくれる人、賛同してくれる人、和太鼓が好きな人、龍のことが好きな人、応援してくれる人、そんな人達のクラブにしたいと思い、当初の「一人からでも始める!」になったのです。
  • 今ここで改めて伝えたいです。ぜひ、たくさんの方に賛同していただきたいです。一人でも多く集まると、出来ることがそれだけ増えるからです。書き切れないほどの自分の身体に起こった出来事から、こうして新しい形が生まれました。自分に起こることすべて意味があるし、越えられるのだと信じています。和太鼓への思いは増すばかりです。(次は、何をするの?と思ってる人へ向けてにつづく・・・)

  • 龍サポーターズクラブに入ると何かしないといけないの?

    龍サポーターズクラブのことについて聞かれるとき、「入りたいけど、何かしないといけない場合、たぶん時間とかないし出来ることがないと申し訳ない」と、言われることがあります。言葉不足だったなぁ、と何度か思いました。名前が「サポーターズ」となっているから、間違えやすいようです。いいえ!なにか何かしないといけないことはありません。応援したい!と思う気持ちで年に1度、サポーターズ会費として協賛してください。そういう人が一人でも増えることを望みます。
  • もちろん、一緒に何かやりたい!という人は、その人の時間に合わせて出来ることをぜひとも参加ください。決まった日程などはありません。空いた時間にスタジオでいろいろやってます。本当にこんな感じなのです。発表会の時などは、体力のある人は率先して裏方で走り回ってもらっています。これも一緒に作り上げていく感覚が楽しいです。生徒さんの方は、こうして直接関わり合いがありますが、一般の方や東京でない方などは、定期的に発行する「龍サポーターズ新聞」で近況などお届けしています。一つのつながりのようなものです。規約なども初めの時に簡単なものですが作っておきました。楽しく過ごすためのお守りみたいなものです。
  • 会員規約

    和太鼓龍/龍サポーターズクラブ主宰である河野陽子の思いを支援・応援してくださる方々の会です。「時間」「体力」「経済力」どんな形でもご支援くださる方をサポーターズと考えます。賛助会員としてのみでも大歓迎です。会員としてふさわしい品位と常識があり、和太鼓を愛する方、河野陽子を応援する方とします。(クラブの運営を故意に妨害したとき、クラブの名誉または信用を傷つけ。もしくは秩序を乱したとき、会員をお辞めいただくことがあります。) 会員は、生徒さんの他、ご家族の方、龍サポーターズを知り賛同していただける一般の方、どなたでも参加できます。その他、遠方の方を含め、近況など会報を楽しみにしてくださる方々も歓迎しております。
  • ご入会について

    ご興味をお持ちくださった方は、メールまたは下記「お問い合わせ」よりご連絡ください。お問い合わせ後、簡単な入会フォームやメールをお送りいたします。入会金は10,000円+税です。
    ※教室の受付にてお支払いいただくか、お振り込みになります。
    ※ポイント券は使用できません。
    翌年も継続して更新してくださる方、年会費をお願いいたします。
特典

龍サポーターズクラブの特典溢れ出るエネルギーを伸ばすサポート

・会報の発行(会員に向けてのみ):近況をお知らせするものや、お知らせなど「龍サポーターズ新聞」がお手元に届きます。
・年に数回のお得なレッスン:特別レッスンなど、単発レッスンが半額になるものもあります。
・お楽しみプレゼント:毎年、プレゼントの内容が変わります。こちらも入会の時、更新の時にお手元に届きます。(ものによって届く時期は様々です)
などがあります!
未来に向けて

今後の目標

やりたいことはたくさんあります!今取り組んでいることは、サポーターズでは教室のイベントなどの準備、個人では、太鼓を知ってもらったり伝えていく広報活動を行っています。外部に向けて足を運んだり、話をしたり、積極的に行っています。今後の目標もあります!教室のイベントとは別に、サポーターズでイベントを作ったり、行っていくことです。これは、もう少しメンバーが増えることで実現していけることです。若い世代に、同じ日本人に向けて、外国の方に向けて、和太鼓の魅力、すばらしさを伝える方法で一番有効なのが、実際に演奏することだと思います。何より、楽しさの中で作っていくことを大切にしたいと思っています。ここまでじっくりと龍サポーターズクラブを育ててきたように、これからもそうありたいです。コロナ感染の広がりによって、活動の在り方は少しずつ変わっていくことになると思います。それでもどのような規模であれ形であれ、実際の演奏活動を続けていきたいという目標があります。

幼少より自身から病気が消えたことがありません。現在進行形で脳脊髄液減少症を抱えています。なぜこんなにも次々と?と気持ちが折れそうになった時、「世の中には色んな人がいる。どんな人の痛みやつらさも理解してあげられるようにと想像を超える体験をしているのかもしれないね」と言ってくれた母の言葉。その言葉のように周りに集ってくれるサポーターズの皆さんと和太鼓で笑顔になれることを作っていきたいと思います。ご興味をお持ちくださった方、ぜひ下記の「お問い合わせはこちら」からご連絡ください。追って返信いたします。